「うちは給与も悪くないのに、なぜ若手が辞めるんだろう」と感じていませんか。
その答えは、行動経済学にあるかもしれません。
人間の行動を科学的に解き明かすこの学問は、採用・定着にも深く関わっています。
中小企業の経営者にぜひ知ってほしい、行動経済学の基本と実践をお伝えします。
階段がピアノになったら、人の行動が変わった
2009年、スウェーデンのストックホルムで面白い実験が行われました。
地下鉄の駅で、エスカレーターを使う人ばかりで、横にある階段はガラ空き、というのはよくあることですよね。
そこで、こんな工夫をしたそうです。
エスカレーターの隣にある階段をピアノの鍵盤に見立てたのです。
踏むと音が鳴る仕掛けにしました。
するとその日から、階段を使う人が66%増えたのです。
健康のためとか、環境のためとか、そういう理由ではありません。
「なんか楽しそう」というだけで、人は行動を変えた。
これがフォルクスワーゲンが行った「ファン・セオリー」と呼ばれる実験です。
人間はお説教や義務感よりも、楽しさや面白さに動かされやすい生き物だということを示しています。
行動経済学は私たちの身の回りにあふれている
行動経済学とは、人間が必ずしも合理的に行動しないことに注目した学問です。
2017年にはリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞しています。
難しい話ではありません。 私たちの日常に、すでにたくさん使われています。
たとえば臓器提供の同意率。
オーストリアでは国民のおよそ99%が同意しています。
一方、隣国ドイツでは12%程度にとどまります。
国民性の違いでしょうか。 違います。
同意書の「デフォルト(初期設定)」が違うだけです。
オーストリアは「同意する」が初期設定で、嫌なら外す仕組みです。
ドイツは「同意しない」が初期設定で、同意するなら自分でチェックを入れます。
たったこれだけの違いで、同意率が劇的に変わるのです。
もうひとつ、商売に直結する話をしましょう。
アンカリング効果というものがあります。
人間は最初に見た数字に判断を引きずられる、という心理です。
たとえば交渉の場で、最初に高い金額を提示します。
すると、その数字が「基準(アンカー)」になります。
その後に少し下げると、相手は「値引きしてもらった」と感じて納得しやすくなります。
不動産や車の値付け、仕入れ交渉など、ビジネスの現場でよく使われている手法です。
「うちの社長は交渉が下手で」と嘆かないで。
アンカリング効果を意識するだけで結果が変わるかもしれません。
「給与を上げても辞める」謎を行動経済学が解いた
本記事は、プレジデントオンラインに掲載された記事。
真壁昭夫「給与アップでも待遇改善でもない…行動経済学でわかった『部下の不満を圧倒的に減らす人事評価』の神ワザ」(https://president.jp/articles/-/111845) を参考に書いております。
多摩大学特別招聘教授の真壁昭夫氏は、この記事の中でこう指摘しています。
若手が離職する本当の理由は、給与の額ではない、と。
行動経済学の概念に「組織的公正」というものがあります。
組織での意思決定や処遇が公平だと感じられる状態のことです。
この公正さには2種類あります。
ひとつは「分配的公正」。
給与や昇進といった結果が公平かどうかです。
もうひとつは「手続き的公正」。
その結果がどうやって決まったか、というプロセスの公平さです。
真壁教授が強調するのは後者です。
給与の額よりも、「どうやって決まったかわからない」という不透明さが、若手の不満と離職につながるというのです。
ピアノ階段の話を思い出してください。
人間は合理的に動かない生き物です。
「給与が高いから残る」という単純な計算は、現実の人間には通用しないのです。

中小企業でもできる「納得感」の作り方
では具体的に何をすればいいのか。
真壁教授は3つのことを挙げています。
まず評価基準を明文化して、全員に共有することです。
「成果の質」「チームへの貢献」「改善提案の実行度」といった軸を、誰でも理解できる形で示す。
同じ基準を全員に適用することが大前提です。
次に、評価の過程で本人が意見を言える機会を作ることです。
結果を一方的に伝えるだけでは、「上が勝手に決めた」という印象を与えます。
本人の声を聞くプロセスがあるだけで、納得感は大きく変わります。
そして、フィードバックを具体的に行うことです。
「なぜこの評価なのか」「次にどうすれば上がるのか」を明確に伝える。
これだけで、たとえ厳しい評価でも受け入れられやすくなります。
ひとつ注意点があります。
公正さは、一度仕組みを作れば終わりではありません。
継続して示し続けることで、はじめて信頼に変わります。
「うちは制度を作ったから大丈夫」と思った瞬間に、透明性は失われていきます。
人事評価は、日々の実践の積み重ねなのです。
行動経済学は、人間の「不合理さ」を前提にした学問です。
その知恵を採用・定着に活かすことは、中小企業にとって大きな武器になるのではないでしょうか。





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